「塾で“慶應は無理”と言われた――それでも、私はあきらめなかった。」 “普通じゃない私のための、普通じゃない塾があった”

あの日、塾の三者面談で放たれた「現実的に、慶應は厳しいかと……」という言葉は、まだ肌寒い室内の空気を、一瞬にして凍てつかせた。

感情の欠片もないその声は、私の心臓を直接掴まれたかのような衝撃を与えた。

反論の言葉は喉の奥にへばりつき、頷くことさえできなかった。隣に座る母も、ただ静かに、その視線を床へと落とすばかり。

重苦しい沈黙が部屋を満たし、切り裂かれたような言葉だけが、鋭い刃物のように私の胸に突き刺さった。

 

振り返れば、私は幼い頃から、いつも世間の「普通」からは少しだけはみ出していた。

みんなが同じ正解を追い求める中で、私だけが異なる角度から物事を捉え、自分だけの奇妙な考えをひねり出すような子どもだった。

だからこそ、あの「厳しい」という一言は、単なる成績への評価ではなかった。

それは、私という人間の根底にある「普通じゃない」部分を、存在ごと否定されたかのように感じられ、私の世界は音を立てて崩れ落ちるようだった。

鉛色の冬空の下、吐く息だけが白く儚く消えていく帰り道。

心の奥底で小さく灯っていた夢の炎が、ふっと消え失せるのを感じた。

「やっぱり無理なのかも」——その呟きは、私の絶望の淵から湧き上がった、か細い声だった。

 

玄関を開け、重たくなった塾のカバンを床に放り出す。その音は、私の心の重さそのものだった。

「やっぱり……無理なのかな」。

絞り出すような私の声に、母は何も答えなかった。

ただ、リビングへと歩み去るその背中が、ほんの少しだけ、いや、胸が締め付けられるほど寂しそうに見えた。その背中に、私の夢を重ねてくれていたことを知っていたから、余計に。

 

年が明けてすぐ、冬休みが終わる頃だった。

テーブルの上に、一枚の資料がそっと置かれていた。

何気なく目に留まった表紙の「早慶中学専門塾」という文字が、私の凍りついた心臓に、微かな熱を灯した。

 

「一度、行ってみようか…」

 

母の声は静かだった。

しかし、その奥には、小さな火花が散るような、確かな決意が宿っているのが感じられた。

私は、ゆっくりと頷いた。

このまま、不意に消えかかった夢の残骸を、虚しく見つめ続けることだけはしたくなかったから。

 

「早慶中学専門塾」――早慶ゼロワンNexia。

 

教室に足を踏み入れた瞬間、これまで通っていた塾との、決定的な違いを肌で感じた。

慶應や早稲田の過去問が整然と並び、壁には誇らしげに合格者の名前が丁寧に貼られている。

なのに、そこにはピリピリとした緊迫感は微塵もなかった。

厳しさよりも、安心できる、全てを包み込むような、おおらかで優しい空気が流れている。

そこにいる生徒たちは皆、静かに、しかし確実に「自分のペースで夢に向かっている」ように見えた。

彼らもまた、私と同じように、「普通」の枠には収まらない、それぞれの「光」を秘めた魂を持つ子たちなのかもしれない——そう直感した。

 

初めてのカウンセリングで、先生は私の模試とノートにゆっくりと目を通した後、静かに、しかし力強く言った。

 

「この子、自分を持っていますね。しっかり考えてます。答えそのものよりも、“なぜそう思ったか”を書こうとしている」

 

そして、私の目を真っ直ぐに見据えて続けた。

 

「点数だけを見たら、たしかにまだ届かない。でも、可能性はあります。慶應は、型にはまった子より、自分という個性をしっかり持っている子を選びますから」

 

その一言は、ずっと胸の中にあった凍りついた塊を、ガラガラと音を立てて砕いた。

それは、私の心を覆っていた氷が解け、温かい感情が流れ込んだような感覚だった。

初めて「見てもらえた」——私の「普通じゃない」部分を、欠点ではなく、むしろかけがえのない強みとして認めてくれたのだ。

先生は、慶應の出題傾向はもちろん、二次試験——体育実技と親子面接の意図や本質まで、余すところなく丁寧に教えてくれた。その指導には、言い訳も脚色も一切なかった。

ただ、必要なことだけを、必要な順番で、淀みなく。

 

授業は、ときに厳しく、時に私の思考の奥底まで深く潜り込んでくるようだった。

しかし、それ以上に面白かった。点数よりも「考え方」を問われる問題が多く、知識のその先にある、「あなたはどう考えた?」が、毎回容赦なく、しかし愛情を込めて突きつけられた。

それはまるで、私の「普通じゃない」思考力そのものが、磨かれていく音を聞いているようだった。

 

試験当日。慶應の校門の前に立ち、深く深呼吸をした。

脳裏に鮮明に蘇るのは、あの三者面談の日。

たった一言で、私の心がどれほど深く揺さぶられ、絶望しかけたか。

だが、今は違う。私はここまで、「普通じゃない」私自身を、そして私の可能性を信じ、決して逃げずに歩み続けてきた。

 

そして、運命の合格発表の日。

 

鼓動が、まるで春を告げる太鼓のように胸の奥で鳴り響いていた。

母と父と並んで掲示板の前に立つ。無数に並ぶ受験番号の羅列が、私には迷路のように見えた。指先が震え、目がかすむ。

深呼吸を一つ。そして、恐る恐る視線を滑らせていった、その時——。

 

私の視界に、確かに、くっきりと、私の番号が飛び込んできた。

 

その瞬間、世界から音が消えた。

それまでの不安や絶望、孤独な戦いのすべてが、一瞬にして弾け飛ぶ。

熱いものが、喉の奥から込み上げ、目頭がじんと熱くなった。

私は、隣にいた母の手を、そして、その向こうにあった父の手を、震えるほど強く、強く握りしめた。

母も父もまた、私の手を握り返す力が、いつもよりずっと強かった。

父の、いつもは頑なな指先に、微かな震えを感じた気がした。

 

歓喜、安堵、そして、何よりも形容しがたい勝利の感情が、津波のように私の全身を駆け巡る。

それは、あの塾で「無理だ」と突きつけられた悔しさや、世間の「普通」からはみ出す自分を否定された痛みを、全て洗い流す光だった。

 

もう、誰にも言わせない。「無理だ」なんて。

この手で掴んだ現実は、誰の言葉にも揺るがない、私だけの真実だった。

 

世間の「普通」を押し付けるのではなく、私の「普通じゃない」魂を信じ、私のための「普通じゃない」教え方で導いてくれた塾があった。

慶應に合格できたのは、私の「考える力」と、決して諦めなかった「信じる力」だった。

そして、その二つの、かけがえのない力を私に与えてくれたのが、早慶ゼロワンNexiaだったのだ。

 

「次は、あなたの物語を始めてください。」

タイトルとURLをコピーしました